運を味方にする簡単な方法

会社勤めの人が同期よりも早く出世したら、それは実力? それとも運?

 

レストランを経営している人が連日満席になったら、お店の評判? 単なる運?

 

投資でうまくいったのは、事前の調査が良かったから、それは才能? 時の運?

 

運とは何だろう。それは、めぐり合わせ。

 

サイコロを振った時に、1が出るか、2が出るか。運とは単なる確率の問題なのか。いや、そうではないだろう。

 

運とは、運ぶこと。物を移動させる、動かす。そうなると、運とは現状から物事を動かす意味にも繋がるかも知れない。

 

では、運がいいとか、悪いとかを判断あるいは評価するのは誰だろうか?

 

自分、または他人だ。自分一人だけの時もあるだろうし、大勢の人と共有する運もあるだろう。

 

いずれにしても、決めるのは人間だ。ということは、人間の判断 = 曖昧さがあるということ。絶対的な評価ではないということだ。

 

例えば、落し物をしてしまったが、拾ってくれた人が意中の男性だったので、それをきっかけに付き合うことになったという話があったとしよう。

 

この場合、運がいいのか、悪いのか。少なくとも落し物をした時点では、運が悪い。拾ってくれた人がいたことは運が良い。でもその男性と結婚したら、将来どうなるかはわからない。もしかするとDVをするような人かも知れない。もしもそうだったとしたら、落し物を拾ってもらったことさえも、運が悪かったということになってしまう。

 

このように起きた出来事をネガティブに捉えるか、ポジティブに捉えるかで全く違ってしまうのだ。

 

逆に言えば、運は自分で動かすことができる。例え、つまずいたり、転んだりしても、ただでは起きないと思えば、何かをつかむことができるはずだ。

 

最悪に見えた出来事も、後から振り返ってみると、あの時があったからこそ今があるというようなことは往々にして聞く話だ。

 

人は自分の運に気がつかないことが多い。例えば、日本では総理大臣のことを批判しても逮捕されない。安倍首相の悪口を書いたところで、検閲されることもない。ところが北朝鮮で同じように金正恩委員長のことを批判したらどうなるだろう?

 

北朝鮮だけではない。世界には国のトップを自由に批判できない国は多い。中国もそうだ。ところが、日本でも先の大戦終結するまでは軍国主義だった。少しでも国を批判したら、非国民扱いされたり、憲兵隊に通報されたのだ。

 

いま、この時代のこの国に生まれ、生きているだけでも、めちゃめちゃ運がいいではないか。戦後生まれの日本人がまるで当たり前のようになっていることでも、実は当たり前ではないことが多い。

 

だから、運を味方にする方法は、誰が何と言おうと自分は運がいいと決めることだ。何か良くない出来事に直面しても、自分の捉え方次第で良くも悪くもなるということを理解しておくこと。そうすれば、どんなに悪いように見えることでも、考え方ひとつで自分の味方にすることができるのだから。

そして、運を味方にする一番簡単な方法は、すでにある運に気づくこと。案外、気がつかないものだ。自分は運が悪いからと言わずに周囲を見渡してみよう。運がいいと思えることを紙に書き出してみるといい。実は、こんなにも恵まれていたのだと思い、驚くかも知れない。運の良さに感謝することで運の神様は喜んで、さらに良い運をあなたに運んでくれることだろう。

 

 

今日もお読みいただきまして、ありがとうございました。